photographic collection
これまでHPにて公開してきた画像をいくつか紹介します。
↓CIRCUIT↓
LOVERSmc V11の歴史もふまえながら…
…2007年に続く!!!
…と書いていたわりに、まったく続いていなかったので
数少ない 『ラバーズMCレーシング部門』ファンの皆様に、
『続いてないよ〜』と言われ続け、
軽く聞こえないふりをし、2007年は過ぎ去りました。
2007年は『モトルネッサンス』が無くなってしまい、
レースにも出ず、サーキット走行会三昧の日々を送っていたのでした…。


〜2007年9月 HSR九州 ピレリ走行会〜
走行会ってた〜のし〜♪♪
レースの緊張感から解き放たれて
…のびのび感を満喫しながら、
楽しい走行会を次から次へと渡り歩く日々(?)だったのでした。
そして、2008年。
新兵器を(趣味で)手に入れたので、
GUZZIレーサーの本職(?)そっちのけで
YAMAHAブームがここに到来。


8月の岡山国際で開催される
『モトルネッサンス』へ向けて、
V11やアルチューロを仕上なければならない時期
…だと思うのですが…?
最新のマシンの製造技術。
二輪二級整備士として、
日本の最新二輪技術に触れておかねばなるまい!
…と、言うことですが。
まあ納得ですが。
はたして、どうなるのでしょうか?
夏のモトルネは??
あらっ?
…更につづく。

V11sport 初期型
〜2000年冬頃 HSR九州にて撮影〜
”初期型”と言えばなんかレーシーでしょう!?
GSJ S/Oマフラーとグッチガードを
装備したくらいです。
まだ新車の匂いがしてました。

V11sport 2型
〜2001年頃 HSR九州にて撮影〜
まだエンジンもほぼSTD。
タンクもV11そのままです。
まだ『セル(スイッチ)スタート』でした。

この頃、池内選手は『YZF-R6』でST600クラスに
出場していました。
グリッドでのスタート進行で、
必ず名前を読み間違えられていました。

V11sport 3型
〜2002年頃 岡山国際にて撮影〜
軽量化が必要な為、V11のシンボルとも
言える燃料タンクをアルミに変更。
フロントカウルもよりワイドな物に変更。
セルモーターが別体式になりました。
旧、美祢サーキットの『モトバスター』にこの年、出場しました。
…ACTクラスは2台だけでした…。
もう1台はマーニ・アルチューロの横田選手(※)です。
ST600クラスと混走でした!あいたたっ!
●LOVERSmc 語録辞典●

(※)横田選手↑

〜2003年頃 岡山国際にて撮影〜
バイクの軽量化には成功しましたが、
ライダーの重量化が進みました。
生意気にもゼッケン『11』を指定しました。
もちろん『V11』の『11』です。
得意なウエットコンディションでの決勝。
この当時、クラッチのトラブルに悩まされていました。
…などと言いつつ、バーンナウトしてゼロヨン(※)にも出場していました。
クラッチは大切に。
モトルネでの初の表彰台でした。


〜※オートポリスゼロヨンスタンバイ中〜

〜2004年春頃 ライダー交代の予兆〜
それまで『隼』『YZF-6R』『SP-1』などでレースをしていた池内選手が
空冷ツインに興味をしめしました。
オートポリスでのテスト走行の模様です。

V11sport 4型
〜2004年 夏の終わり頃撮影〜
フルモデルチェンジ完了直後に撮影。
オーリンズのRサス、Fフォークの流用、FRPカウルの変更、
NEWデザインのペイント、ビックブレンボ、
ホイール、マフラーetc…と、ガレージに有った物全部付けちゃえ!
と言った勢いでフルモデルチェンジしました。
(”ガレージに有った物”を装備した訳では有りません。ごめんなさい。)

〜2004年11月 モトルネJAPANのスタート前チェック場〜
マシンを池内選手に譲ってしまったけど
レースに出たかったので
『カリフォルニア・アルミニウム』をフルカスタムした
『カリフォルニアRS』でエントリーしちゃいました的なモトルネでした。
このレースは池内選手がクラス2位、森川選手はクラス13位でした。

〜2005年4月 春のモトルネ〜
性懲りも無く、カリフォルニアでまたエントリーしてしまいました…。
コーナリングでサイレンサーが削れて
火花が出るので、対策をしてきました。
予選タイムアタックが2周しかできず、
珍しくみんな後方グリッドだったので、
記念写真を撮りました。

真剣さが伝わってきます。

しかし!何とか表彰台に上がりました。
池内選手クラス4位、森川選手6位でした。

〜2005年8月 夏のモトルネ〜
この頃から、決勝前夜の夕食が宴会になりました。
ホルモンチゲ鍋の後には『ちゃんぽん玉』が博多の常識です。
しかし『うどん玉』か『おじや』の二択でした…。
そんな悲しみを乗り越え(?)池内選手がクラス2位に入りました。

〜2005年11月 モトルネJAPAN〜
大所帯になりました!
池内選手は怪我のため出場出来ず、
変わりに森川選手がV11で出場しました。

決勝は土砂降りの中、危険なレースとなり
途中、赤旗中断になったりしましたが再スタート。
”前に出なければ前が見えない”視界の悪さも味方して、
念願の初優勝をがざりました。
しかし、この後このデジカメは湿気でダウンしました…。

〜2006年8月 夏のモトルネ〜
GRISOの国内販売が始まったので記念にエントリーしました。
ACTクラス9位でした。

池内選手はステップアップして
『ACTマスターズ』クラス枠での出走となりました。
エンジンのチューンと変更で
セッティングに苦しむレースとなりましたが、
クラス2位表彰台でした。

〜2006年11月 秋のモトルネ〜
池内選手、モトルネ初のフロントロウを獲得。

”モト・ルネッサンス”最後のレースはクラス5位でした。
帰路で旨い『あさりラーメン』を発見!
2007年に続く!!!